世代間格差とどう折り合いをつけるか

 意識の高い学士ブログ : 世代間格差という幻想に若者はもっと怒った方が良い

という記事がNewspicsを中心に話題になっています。2014年に書かれたこの記事が今更話題になるのはピックがユーザー由来なことに原因があると思われますが、それは本旨からずれるのでまたの機会に。

 この記事が問題にしているのは、年金において若者はマイナスにはならない、バランスには差があるけどね。という事でした。バランスに差があるのであれば、それは世代間格差ではと吐き捨てる事は簡単ですが、論旨を見てきましょう。

1 世代間格差とは何か

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画像は、各世代の個人が将来的に受け取る年金受給額から、現役時代に納めた年金保険料の総額を引いた額、とされている。このように各世代で受益と負担のバランスが大きく異なることが指摘されている。

このグラフの衝撃的な部分は次の2点である。第一に、世代によって受益の金額が大きく異なること。第二に、若い世代では受給額よりも納付額の方が圧倒的に高いことである。

 

賛否両論ありますが、厚生労働省が2015年9月28日に試算したもの*1によると

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と、1995年生まれの人は4100万円の保険料負担額に対し、9200万円の年金を給付されます。70歳のひとが1000万円の保険料負担額に対し、5200万円もらえていることを考えると世代間格差は明確に存在するというように考えられます。

 

2 厚生労働省の試算は妥当なのだろうか?

 しかし、この結果は官僚が試算したものに依拠した場合こうなるという希望的観測にすぎません。このケースCに該当するモデルが月収42万8000円(賞与込)の夫と同年齢の専業主婦の世帯というモノでした。年収を見る場合、高所得者層が平均世帯年収を押し上げるため、中央値で見る必要があります。その場合、2013年では415万円とケースCモデルよりも100万円低い試算になります。さらに女性の就業率は年々向上しており、現在では71.8%、そのうちの大部分が非正規雇用です*2

 さらに、大学進学率も60%弱となったいま20歳から年金を支払う人は決して多くなく、受給する年齢も60歳ではなく65歳、70歳となるでしょう。*3また試算ベースが被保険者本人の負担分でしか語られていないのも問題でしょう。厚生年金保険料は労使折半なので、会社分の負担額も考慮いれると負担が倍増します。1995年生まれの人をワンケースに、70歳まで働き70歳から給付が始まると計算するならば、保険料負担は会社分の負担額も含めて、1億250万円。給付額は70歳から86歳3ヶ月という前提に則ると5661万円になります。マイナスになってしまいました。ちなみに65歳を区分点にすると保険料負担額が9225万円、給付額が7519.1万円とテレビの試算に近づいてきているように思えます。(それでも、あれは1990年生まれを起点としているため、誇張がなされているように思いますが)

 少なくとも、厚生労働省の計算は現実に即していない可能性があることがお分かりいただけたでしょうか。

3 世代間格差とどう折り合いをつけていくか

 世代間格差は確実に存在します。だからといって世代間が争うような議論は唾棄すべきでしょう。高齢者が割合が多くなるからシルバーデモクラシーだ。というのも人々の分断に拍車をかけているだけに過ぎません。分断されてレッテルを張られた結果、人々は違うレッテルの集団を攻撃するようになります。若者は、高齢者の方が受給しているから年金制度をやり玉にあげますし、高齢者は高齢者側で最近の若者はダメだと嘆きます。ゆとり教育をうけてきた若者は馬鹿にされ、団塊世代は使えないとののしられ、戦争非経験者は我慢できないという風に。今や、世相は2項対立ではなく群雄割拠を迎えています。多様性を認めるという状況から、多様性によって反発を生んでしまうという状況へと転換してしまっています。

 これからの日本社会における制度設計は、この多様性を存続させるようなものに変えていかなければなりません。レッテルをはがすことでもいいでしょう。レッテルを超えた、人々の共通を見ることでもいいでしょう。一つ言えることは、今まで日本の屋台骨であった数々の制度は経年変化とグローバル化の波のなかで疲労を伴っています。理想を念頭に置きつつ、現実に入り込み、制度をチューニングしていく。もしチューニングだけではにっちもさっちもいかないのであれば、抜本的な改革を断行する。そのような時代に私たちは生きているのではないでしょうか。