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『アイヒマンを追え』は良質すぎる歴史映画

映画

ドイツの誇りは奇跡的な経済復興と、
ゲーテやベートーベンを生んだ国であるということだ。
一方でドイツはヒトラーやアイヒマンや
そのお仲間を生んだ国でもある。
どんな日でも昼と夜があるように、
どの民族の歴史にも陽の部分と陰の部分がある。
わたしは信じる。ドイツの若い世代なら可能なはずだ。
過去の歴史と真実を知っても克服できる。
しかし、それは彼らの親世代には難しいことなのだ。
──映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』冒頭より

 

 戦争犯罪に対して向き合う態度は国家によっても異なり、ましてや国民一人一人の態度が異なるのは当然である。もし、自分が戦争犯罪に少しでも加担していたのであれば、自分を擁護するために行動するし、自分の友人、自分の家族が関係者であるならば、ひた隠しにするだろう。本作品の主人公、バウアーはそういう人々とは違った。出自がユダヤ人である一方で、ナチスに加担した過去を持つ彼は、自分の行った行為を深く反省し、戦争犯罪を暴く気概とその立場を有していたのである。

フリッツ・バウアー アイヒマンを追いつめた検事総長

フリッツ・バウアー アイヒマンを追いつめた検事総長

 

 (上:映画の原作となった単行本)

 

 


 物語は、1950年末のドイツ-未だナチスが作った同性愛を違法とするものや、国家反逆罪が制定されていた-で始まる。検察局長であるバウアーの手元に、ユダヤ人輸送を担当していたアイヒマンがアルゼンチンにいるという一つの通報が届いたのだ。十数年経ってもなんら進展をみることのなかったナチス戦争犯罪を暴く一筋の光明がそこにあった。バウアーはその証拠をイスラエルモサドに突きつけ、捜査を委託する。この行為が国家反逆罪になることを知って。


 このモサドとバウアーの関係は、バウアーの仕事10年経って初めて明らかになった歴史的事実である。歴史的事実に忠実に、小気味好いジャズを奏でながら、物語は進んでいき、そしてアイヒマンを逮捕した所で終幕する。
この作品の大筋は以上のものになるが、この作品の魅力はどのようなものがあるだろうか?全てを列挙することは一観しただけでは、私の能力上不可能であるので、3つの点だけ紹介したい。

 

1 きわめて歴史忠実であるということ


 1点目は極めて歴史忠実であることである。大筋の整理でも言及したが、戦後すぐのドイツの空気感、すなわち、タバコよりも葉巻、車の窓の開け方、ダイヤル式の電話といった日常性から、国家反逆罪や同性愛を犯罪として残存させていたこと、そして、ナチスの残党が国の要職に多々ついており、戦争犯罪を隠すように行動していたということである。


 戦時中のドイツでは、ナチスが大衆の支持を得ることで誕生した。そのため、ドイツ国民の根底には"戦争に加担した"という記憶が根ざしているのである。その根ざしている記憶は、自身の過去の行為から目を背けさせる。そのため、あたかも国家がそれを望まないように行動をする風に見えるのだ。

 

2 正義とは何か

 2点目は正義とは何かという事を観る人に突きつける事である。先述の通り、この映画は法律、他国(アメリカ等)、官僚、政治家、全てがアイヒマンの罪を暴くことに抵抗していた。その抵抗の論理は各々異なるが、正義のためではない事だけは確かである。バウアーは、自分の信じる正義のために、検察局長という国に仕える立場であるのにも関わらず、法を犯し、味方を見つけ、真実を暴くのである。もちろん、彼一人ではなく、彼と同じ嗜好を共有し、彼と同じ正義を共有する部下がいたこともあるが。

 

3 アンガーマンの葛藤の動き

 3点目はアンガーマンの心の動きであろう。アイヒマンを追うという大筋の中に、バウアーとアンガーマンの師弟関係が補助線で入る。おそらく最初の書類隠しを暴露したことは、アンガーマンがナチス側からの離脱を意味しているのであろう。その後、彼はバウアーの右腕としてアイヒマンを追うことになる。そしてクライマックスにおける、自己保身と正義の天秤のシーンに至る。ここでの彼の決断は、今後の人生における重大な局面においても参考にしたい。


 もっとも、一度観ただけで明らかではない謎も多々あるだろう。列挙すると、①バウアーの自殺演出の意味は?②アンガーマンは何故捜査ファイルを取ったのか?③アンガーマンの妻が妊娠した訳は?④誰がアイヒマンを追っていることを漏洩したのか 等である。

同時に、このアイヒマンを追えの直後を描いたアイヒマン・ショーを観ることをお勧めする。二本続けてみることで、アイヒマン裁判の真相、そしてユダヤ人とは何か、ドイツの戦争責任は何かということが浮き彫りになるだろう。

 

おわり。

 

 

イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告

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